主婦の生活情報ブログ

独自の道を歩み始める富士重工

2011.08.22

99年7月中旬、当時の田中社長は、米国コロラド州で開催された全米スバルディーラー大会へ出席「新型レガシイ」を披露した。この大会の合間をぬって、米国の二大自動車メーカー、GM、フォードを訪問、両社の幹部と会談し、技術的な問題について話し合った。新型レガシイは、日本では98年フルモデルチェンジしたが、米国インディアナ州ラフィエット市近郊にある現地工場での生産は1年遅れとなって、モデル切替えで苦戦していたが、新車投入で歯止めをかけたいところだ。田中氏は、90年6月に日産自動車取締役から富士重工業常務に転じ、専務、副社長を経て、96年6月に社長に就任した人物だ。日産は富士重工株を4.1%保有する筆頭大株主。しかし、周知のように、大株主の日産が、99年5月に仏ルノーと資本提携して再建をスタートさせたばかり。そのため、富士重工としても日産との関係を見直しせざるをえなくなっていた。もともと富士重工は旧中島飛行機の流れをくむ技術ポテンシャルの高い会社だけに、日産の技術陣との関係も必ずしもしっくりいっていたとはいい難い。というよりも、日本で初めて四輪駆動車を手がけ、水平対抗エンジン、さらには無段変速機CVTを開発するなど、技術には定評があった。それだけに、日産の新たな外資提携の道を歩み出しだのを機会に、富士重工としても独自の道を歩まざるをえなくなったのだ。そのため、田中社長は出身母体の日産に気がねすることなく欧米メーカーとのコンタクトをとり始めたといえよう。というのは、ハイブリッド車や燃料電池車をはじめ、今後5〜10年の間にクリアしなければならない燃費規制や排ガス規制など自動車をとり巻く環境はますます厳しくなる一方だ。こうした技術的な課題をクリアしていくには、富士重工単独では厳しい状況にあるといわれている。田中社長としても、スバルが持っている得意の技術を武器に、GM、フォードに限らず欧州メーカーとの生き残りをかけた提携交渉がしやすいように、外国メーカー幹部との顔つなぎを始めたといえるだろう。いずれにしろ技術提携からスタートして、「保証金」程度の資本出資は受け入れる腹積もりとみておくべきだろう。

(グーネットの参考中古車種一覧)
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